怪牛ハイダレール 採集地:タンザニア
「イラクの昔話 "怪牛ハイダレール"」より
 イラク族は現在の東アフリカ地域、主にタンザニアに住む部族で、現代ではかなり混血が進んでいるものの独自言語(イラク語)や宗教観を保ち続けているようです。といっても、この記述は1968年、今から50年も前のことで、当時から現代化の波に飲まれ、消えつつあるとされていたイラク族の文化が、2019年現在どの程度残っているかは解りません。
 名前から中東のイラクを連想させますが、現実としてはエチオピア周辺を起源とするようです。(部族の中にはイラクからタンザニアに移動してきた伝説も残っているようですが、現代のDNA分析は非常に優秀なのでイラクとは無関係だと思われます)

 彼らの生活で重要な位置を占めているのが牛であり、この話もそれをメインモチーフに据えていますが、恐ろしい敵として登場します。また、Ringlet版ではいくらかの改変と省略を行っています。変更部部分は下記のとおりです。(時間軸順)

・最初に巨牛が少年の食事を横取りして成長するシーンは省略しました。
・巨牛を採血で弱らせるシーンを省略しました。
・主人公兄弟を生むのを無名の村人から少年の姉に変更しました。
・最後に助け出された叔父が、牛の中にいる時に矢で片目を失明した賠償を要求して殺されるシーンを省略しました。

 この物語には「怪牛と三兄弟」という類話があり、下記のような違いがあります。

・巨牛に名前がない。
・野生の牛ではなく、ある家に生まれた子牛が成長する。
 →「不思議なことに、半分は雌牛の形をしていて、また、身体の一部は石でできていた。人々の話では、こうした牛はお守りとして家においておくべきで、他人に売ったり譲ったりするものではなかった。」
・成長して人間を襲うようになる点は同じだが、その際に歌を歌う。
 →「石の牡牛だ! 頭を上に!」 ※これは牛が人間を襲う時に歌う歌らしい。
・村の住民は妊娠中の女性を一人を残して食べられてしまう点は同じだが、こちらは三人兄弟が生まれる。
・牛のカラーリングが違う。
 →片側が白く、もう片側は黒かった。また、背中は灰色だった。(序盤で「片方は雌牛で、体の一部は石だった」とあるので、全体的な容姿はかなり違う)
・巨牛を倒した証として尻尾を切り落として持ち帰り、腹を割る。また、牛の遺言はない。
・助け出されたが、負傷した叔父が文句を言う点は同じだが、腹の中から出てきた牛をもらって納得する。

 イラク族の民話に共通する特徴として「獲物を切り裂いて最初に出てきたものは逃がせ」という約束事があります。この掟は絶対ですが、後々に影響することはほとんどありません。
村の仇をとった勇敢な兄弟の母でもあり、弟の異変にいち早く気づくなど頭の回転が早い女性役です。
後半では血気盛んな兄弟を諌めるような言動もあり、どちらかといえば慎重な性格なのではないでしょうか。(TINA)

挿絵の場面の指定をいただいた時、これは暗い中に上から光が差してくる絵にしたいと思いました。
お話の前半は辛く苦しい展開ですが、最後には二人の兄弟が希望をもたらしてくれることを予感させる・・・そんなイメージです。(宣教師ゴンドルフ)