ウンセギラ 採集地:北米(ブルーレ・スー族)
「アメリカ先住民の神話伝説(上) "ウンセギラの七つ目の斑点"」より
  出典にはブルーレ・スー族とありますが、より正確にはラコタ・スー族に属するシチャング族(シチャング・ラコタ。「火傷した脛」という意味)と思われます。

 角蛇(Horned Serpant。資料によっては竜と訳されます)の伝説はインディアンに広く共有されていますが、その立ち位置は部族によって異なっており、味方のこともあれば敵であることもあります。スー族の角蛇はウンセギラ(Unhcegila)またはウンクテヒ(Unk Tehi)という名前で、恐るべき敵として登場します。

 いつからこの怪物がいるのかは解りませんが「世界が始まって間もない頃に魔女がウンセギラに変えられた」という話から始まっていて、英語版では一貫して"She"記述されています。その姿形については角は一本または二本、鬣を持っている、鋭い爪がある、真水を塩水に変える、湖や川には子供がいてそれらも悪さをする、ワキンヤン(Wakinyan、「聖なる翼」という意味。他部族のサンダーバードに相当)と敵対関係にある…等々に語られていて図像も一定しません。ウンクテヒを雄、ウンセギラを雌とする資料もあります。

 彼女の最期については大きくきく分けて2種類知られていて、Ringlet版で採用した「人間の兄弟が倒す」ものと「サンダーバードが倒す」ものがあります。どちらの物語でもウンセギラの骨は不毛の大地であるマコシカ(Badland、現在のバッドランズ国立公園)に散らばり、ときおり見つかる化石はウンセギラの欠片と言われています。アメリカで見つかる古代生物の化石が多大なインスピレーションを与えたことがわかります。

 歴史的に言えば、醜い老婆が隠遁生活を送っていたパハ・サパ(黒い丘)ことブラックヒルズはスー族の聖地として知られていますが、彼らがブラックヒルズを縄張りとしたのは1776年にシャイアン族との戦いに勝利した後になります。ですので、このシーンに関してだけ言えば、かなり後世の組み立てになっています。

 原板では兄がなかなかなクズムーブをしていて、老婆との交渉では次のようなやりとりがあります。
 弟も「犠牲になろう」とは言ってますが、兄に比べると人間が出来てますし、若返った老婆にもしっかり反撃されています。
 姉に変更することで、このシーンはだいぶ収まり良くなっている気がします。

「そうだねえ。 あんたたちには、私に授けられるものがある。私は年を取っている。私が若くて強い良い男と一緒にいたことなど、もうずっと昔のことなんだ。私と一緒に寝なよ。もう一度私に、昔の頃のささやかな喜びを与えておくれ。 そうすれば不思議な魔力をもつ矢が、手に入るかもしれない」

 双子の目の見える方の兄が、弟に囁いた。「この女は年寄りで皺くちゃで禿げていて、口には一本の歯だって残っていない。本当にすごくすごく醜いんだ。僕には抱けないと思うが、お前は目が見えない。女がどんな姿をしていようが、お前には関係ないだろう」

 盲目の弟は、「兄さんの言う通りだ。僕が犠牲になろう」と、囁き返した。

 そうして目の見える兄が外に出る一方で、盲目の弟は〈醜い老女>と愛を交わす覚悟を決めた。そして彼が老女の体に手を回すと、〈醜い老女>は若くて色気たっぷりの美少女に変身した。少女は若者に言った。「愛しい人(ホクシラ)、あなたは私に、本当にすばらしいことをしてくれたわ。 悪い魔女に無理やり着せられたこの皺くちゃの殻から、私を自由にしてくれたのだから。本当にありがとう(ピラマイエ)」

 双子の片割れが戻ってきてこの美少女を見ると、自分も彼女と寝たいと思った。しかし少女は、「お若い方(コシユカラカ)、私が年寄りで醜かった時に、あなたは私に触れようともしなかった。だから、若くてきれいな今の私にも、触らせないわ」

 Ringlet版では一卵性双生児だった兄弟を姉弟に変更し、最後にウンセギラの力を使って老婆の居場所を探る話を追加しました。原版ではウンセギラの心臓を始末したところで終わり、約束していた老婆との再会は果たされないままになっています。全体を俯瞰してみると、助力者から得たマジックアイテムで強大な敵を倒すという王道の英雄譚で、後日談も含めてとても良く出来た物語だと思います。
 心臓が何度も騙そうとしてきたり、供物の要求にうんざりする様はウンセギラが人間の手に余る存在であることを示唆していますし、全能の力は面白くないという結論も昔から繰り返し言われてきたテーマですね。
 とうとう使用機会がなかった姉の槍術が気になります。
 彼女は主人公(弟)のナビゲーターであり、良き助言者という美味しい立ち位置ですね。(TINA)

 今回挿絵を手掛けさせていただきました、悠城です。
 デカい蛇を倒す双子の話です。思えば、これだけの量の血を描くことは今までなかったですが、結構楽しかったです。(悠城)