天上界大戦 採集地:北アメリカ(大西洋側)
「北アメリカの神話伝説2 "天上界の戦い"」より
「北アメリカの神話伝説2 "夏の由来"」より
 ふたつのストーリーをつなげてひとつにしたもので、ややオリジナル要素の強い仕上がりになっています。
 それぞれの原版について解説します。

 ひとつめは昔は夏鳥という夏をもたらす鳥をある男が独占していたため、世界には夏がなかったという話です。
 この危機に立ち上がったのは貂(テン)で、貂は天上界にある男の家にたどり着き、夏鳥を解放します。
 しかし男がそれに気づき、半数程度の夏鳥を奪い返したので一年のある時期だけが夏になりました。
 結末はだいぶ違っていて、男に追われた貂は星の世界に逃げ込み難を逃れます。
 その際に男の矢が尻尾をかすめたため、尾が少し裂けてしまったと結ばれています。
 この点に関して原版はなんの注釈も与えていませんが、星座に尻尾が裂けた貂を見出しているのかもしれません。

 もうひとつは動物たちが天上界と戦うもので、大筋はこちらのストーリーをなぞっています。
 天上界の人々がなぜ地上の動物を拐おうと思ったのか定かではありませんが、それに激怒した動物たちが天上界に攻め込みます。この時、矢の鎖で地上と天上界を結んだのはミソサザイでした。結末は同じで、天上界の熊などの力強い動物たちが多かったため蹴散らされてしまったという話です。

 北米インディアンの話には空に向かって矢を放ち、継矢をして天まで届く鎖とするものがしばしば登場し、人気があったことが伺えます。
 以下に性格の異なる3編を要約して紹介しておきます。

1.尾長狼と竜

 トリックスターとして尾長狼(コヨーテ)が活躍し、人間を助けてくれる話です。

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 むかし、ある谷間に悪い竜が住んでいて、昼間は洞穴に隠れていたが、夜になると這い出てきて人間を片っ端から食い殺していた。
 竜は日光が弱点で、光を見て目が潰れてしまうの恐れていた。
 ある時、尾長狼が竜を退治してやろうと思い、かんかんに日が照っているのを見すまし、弓矢を手にして、山の頂に登った。そして、太陽を目掛けて、一本の矢を放つと、その矢は上へ上へと飛んで行って太陽にずぶりと突き刺さった。

 尾長狼はそれを見るとにこりと笑い、二本三本と順々に矢を放った。矢は、順々に先に飛 んで行った矢の頭に突き刺ったので、暫くすると、一本の長い長い矢の鎖が太陽から大地までぶ ら下がった。 尾長狼が矢の鎖を掴んで力任せに引っ張ると、太陽は大きな音 を立てて地面に落ちた。尾長狼はすかさず太陽を掴み、川の中に隠したので、世界中がたちまち真っ暗になってしまった。

 竜は夜が来たと思って洞穴から出てきた。 それを見すまして、尾長狼が出し抜けに矢の鎖を断ち切ったので、太陽はすぐに川の中から這い出して、大空に飛び上がってしまい、再び燦々と天に輝いた。


2.洪水の話(太平洋西岸インディアン)

 人間の呪術師(メディシンマン)が神の怒りから逃れる話です。
 聖書のノアの洪水を想起させますが、キリスト教が入り込んだ後の話かどうかは不明です。

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 昔々、チヒー・サハレ(天上界に住んでいる神)が、人々に対して腹を立てた。 チヒー・サハレは洪水を起こして、世界中の人たちをみんな困らせてしまおうと思い、一人のメディシンマンを呼び出して「いまからすぐにタコマ山(レーニア山)に登って、山の頂にかかっている雲の腹に弓矢を射込むがよい。そして、大水が出たら、矢の額を伝って天上界に逃げるがよい」と教えた。

 メディシンマンは、すぐに弓矢を携えてタコマ山の頂に登り、雲を目掛けて一本の矢を放つと、矢は雲の端にしかと突き刺さった。メディシンマンがまた一本の矢を放つと、その矢は最初の矢の端にしかと突き刺った。第三、第四と順々に矢を射ると、それぞれがみんな先に飛んで行った矢の端に突き刺さるので、暫くのうちに雲の腹から山の頭にかけて、一筋の矢の鎖が出来上がった。

3.矢の鎖(トリンギット族)

 最後は消えてしまった友人を追って月(星)の国へ行くために矢の鎖を作る少年の話です。
 これに限らず、月(星)の国もよく登場します。

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 一人の少年の父は村の長で、村の真中に家があり、もう一人の少年の家ははずれにあった。この少年たちはかわるがわるにお互いの家へいき、たくさんの矢を作っては、 一本残らず折れてしまうまでその矢で遊んだものだった。

(中略)

 二人が歩いていったとき、先頭に立っていた小さな村の長の息子がいった。
「おい、きみ。あの月を見てごらん。あの月の形はぼくのお母さんの唇飾りと同じようだし、大きさも同じくらいだと思わないかい?」
 すると、もうひとりが答えた。
「だめだよ。月のことをそんなふうにいっちゃいけないよ」
 そのとき突然、彼らのまわりがひどく暗くなって、やがて大きな村の長の息子は、まわりにちょうど虹のような輪を見た。
 それが消えると、仲間はいなくなっていた。彼は何度も何度も友を 呼んだが、返事がなかったし、姿も見えなかった。
 彼はこう考えた。「きっとあの虹から逃れるために、丘を駆けのぼったにちがいない」
 彼は空を仰いで月を見た。それから丘をのぼってあた を見まわしたが、友人はそこにはいなかった。
 そこで彼は考えた。「そうだ! お月さんが連 れてのぼっていったにちがいない。きっとあの丸い虹はお月さんだったにちがいない」

 少年はこうしてひとりぼっちになって腰を下ろして、泣いた。
 それから弓を射はじめた。彼は次々に弓に矢をつがいては放ったが、どの矢も折れてしまった。
 自分の弓も友の弓も一本残らず折ってしまったが、ひどく堅い木で作ったのだけは折れなかった。
 彼は考えた。「これからお月さんのとなりのあの星を射てやろう」
 月の近くには、大きな、たいそう光る星があった。彼はそれめがけて矢を射、腰を下ろして見守っていると、はたして星は黒くなった。
 いまや彼は、友人が作ったたくさんの矢でその星を射はじめ、矢がもどってこないことを知って励みがついた。
 しばらく射つづけてから、自分のすぐ近くに何かが垂れ下がっているのを見た。
 そしてもう一本矢を射ると、その矢はそれにくっついた。次の矢も同じで、とうとう矢の鎖が彼のところまで達した。
 彼は最後の矢を射て、それを完全なものにした。


 登場する動物に目を向けると、白鳥、貂(てん)、ミソサザイ、鰊が登場します。
 このうちミソサザイは(少なくとも現代では)生息域が被っていないのですが、他はどれも北アメリカの大西洋岸北部に見られます。鰊は我々が知ると少し違うもので、タイセイヨウニシンと呼ばれている方です。

 現代の暑さにうんざりしている私達からすると、夏鳥はもう少し天上界にお返しすべきではないかと。
 意気軒昂に攻め入ったものの最終的にはボコられて帰って来るという、なんとも煮えきらない、見方によっては微笑ましい面白い物語だと思います。地上階の動物たちはもうちょっと戦力を整えてから行くべきだった。(TINA)

 動物たちと一斉に攻め込む場面です。光に照らされてどの動物もかっこよく見えるような雰囲気にしてみました。(宣教師ゴンドルフ)