ジンの女王 採集地:アゼルバイジャン共和国(※1)
「七王妃物語 "五日目、水曜に青の宮殿で王妃が語る"」より
 原版は「ハフト・バイカル」、直訳すれば「七つの肖像」ですが、世間一般には「七王妃物語」として知られる詩です。
 原作者のニザーミー1141–1209)は62話「白城攻防戦」の出典である王書の作者フェルドウスィー(934-1025)の次の時代の文筆家で、彼を非常に意識していたことが知られています。「七王妃物語」の中でも「(自分の)語りたいことはフェルドウスィーが全て語ってしまった」と称賛を惜しまない一方で「彼(フェルドウスィー)は銅を銀に変えたが、自分は銀を金に変えた」と対抗心を見せています。
 後世の評価はフェルドウスィーを若干上に見ているようで、「七王妃物語」を読む限りではニザーミーも自身の才能と研鑽にかなりの自信を持ちながらも、フェルドウスィーは別格と見ているフシがあります。

 原版の「七王妃物語」は変則的な枠物語で、実在したサーサーン朝ペルシャの王バハラーム5世(406-438)を主人公とした一代記です。物語の中核を成す「七王妃」はバハラーム5世がペルシャ王を奪還した後に幼少の頃に見た七人の美女の肖像画を思い出して全世界から娶った王妃たちで、彼は七つの宮殿を建て、一週間に一日ずつ、ひとつの宮殿で過ごしながら王妃に物語を話すようにという構成になっています。
 研究者の間では第四夜「スラブの王女が語った話」が高評価のようですが、個人的には第二、六夜がよく出来ているように思えます。ちなみに、物語全体を通して見た場合はオープニングの「王宮建築家を殺す話」と、七王妃を迎える前の「奴隷娘が正当性を認めさせた話」のふたつがよく出来ているように見えます。

 Ringlet版に採用した第五夜はマーハーンという男が徹頭徹尾、幻に翻弄される話になっています。Ringlet版では、この幻は最後に現れるイフリート(※2)の仕業で、彼女は主人公に興味があったというふうに変更しました。また、全体的に長編なので全体の1/3程度をカットしました。

 ジンはイスラーム以前から信じられていた精霊の類ですが、イスラーム化され、土から作られた人(※3)とはまた別に、神(アッラー)によって火から創造されたことになりました。基本的には悪さを為す精霊で、イスラームの設定によるとイフリートは上から二番目の強さを持つ、かなり上位のジンとなっています。

 原版からカットしたのは主人公が見る幻の三つめ、男女に騙されたあとに騎士の幻影に誘われて悪魔たちと踊り明かすシーンと、洞窟の底で出会った老人との話のふたつで、どちらもかなりの分量があります。
 また、結末もイフリートに騙されていたことになっていて、主人公が目を覚ますと天国と思えた園は茨や雑草で、果実は蟻、肉は屍肉、楽師の楽器は動物の骨、酒は汚物でした。もはや錯乱に近い主人公が一心に助けを願うとキズルというイスラームの聖人があらわれ、無事故郷に送り届けたとなって物語は終わっています。

 研究によると、ニザーミーはこの物語を書いた頃に下賜された女奴隷と結婚し、幸せな新婚生活を送っていたようで、それが官能的で甘い詩を生み出す一助になったとされています。

(※1)作者が住んでいた都市は現在のアゼルバイジャン共和国に当たるが、当時で言えばペルシア(イラン)文化圏に属する。
(※2)原版による。厳密に言えばイフリータ。
(※3)イスラームはキリスト教をベースにしているので、当然、人間はアダムに基づいて土から作られたことになっている。
 ストーリーを真面目に考察するとどうにもならないので、まさに泡沫の夢のような話ということなのでしょう。本編では最後まで主人公は翻弄されっぱなしでしたから、Ringlet版は180度変わった話になりました。(TINA)

 まさかのケモナー(?)話でびっくりでございました。
 今回のエルセちゃんのデザインは包み込むようなやわらかい魅力と野生みのある強さをあわせもったものを表現したいと思ったので鳥をモチーフとして取り入れてみました。挿絵は、もふもふの膝枕でおもてなししながら、鋭い爪のある手で(思いっきりおさわりしたいのをこらえつつ)傷つけないようにそーっと撫でようとしている・・・というイメージです。(宣教師ゴンドルフ)