| 白城攻防戦 | 採集地:イラン(ペルシャ) |
| 「王書 古代ペルシャの神話・伝説 "悲劇のソフラーブ"」より 「世界民話の旅5 ギリシア・ペルシアの民話 "王書物語 ソホラーブの白城攻撃"」 |
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原版はペルシャ語で「シャー・ナーメ」(直訳すれば「王たちの書」)、日本では一般的には「王書」と呼ばれるペルシャ(イラン)民族の叙事詩の一説です。この「王書」は1010年にフェルドウスィーという詩人が史実と伝説を元に完成させた詩で、原典ペルシャ語では詩として押韻や対句などの技法も味わい深いようなのですが、翻訳版ではストーリーを優先に通常の年代記のようになっています。なお、2019年10月現在、完訳はない模様です。 王書について簡単に触れておくと、大きく三部に分かれ、古い順に伝説、英雄、歴史時代となっています。本編は第二部英雄時代の一部分にあたり、この時代の主人公であるロスタムの息子ソホラーブ(ソフラーブ)と女豪傑グルダフリッド(ゴルドアーフーリード)の白城をめぐる戦いを描いています。王書ではさして重要とは思われない部分ですが、少なくとも伝説、英雄時代を通じて女性が活躍するシーンは極めて少ないと言えます。 ペルシャを征服したアラブ人や隣接するトラーン人(ペルシャの宿命のライバルのような民族)に対して民族意識高揚を目的として書かれている側面があるのは否定し難く、イスラーム化して300年ほど経っているにもかかわらず、ゾロアスター教の影響が強く見えることも特徴でしょう。 筆者も認めているように、本書には明確な先行資料が少なくとも二冊は存在するようです。一冊は957年、アブー・マンスールの命令でサーサーン朝諸王について編纂された書物で同じく「シャー・ナーメ」という本、もう一冊は978年よりも前、ダキーキーという人物が記した詩でフェルドウスィー本人が彼の詩を組み込んだと書き残しています。この二冊は現在は散逸しているようですが、なにかの拍子に見つかるかもしれません。 短い話ですが、多くの固有名詞が登場するため混乱しがちです。以下に整理しておきます。()内はRinglet版の名前。 ・ソホラーブ(サラディーブ)…本編主人公で、ロスタムの息子。ペルシャ人だがトラーン王の元で育てられ、トラーン軍を率いてペルシャ遠征に赴く。 ・グルダフリッド(ザンダミラード)…白城を守るペルシャ軍の将の一人。ガジダヘームの娘。 ・ホジール(マルダーン)…白城を守るペルシャ軍の総大将。総大将にも関わらず最初に捕まる。 ・ガジダヘーム(バービジャード)…ペルシャ軍の戦士。グルダフリッドの父。 ・ロスタム(グルズム)…ソホラーブの父で、「王書」第二部全体の主人公。ふたりは互いに親子であることを知らない。 ・イーラーン(レバン)…ペルシャの自称。一般的にはイランだが王書の記述によれば長音符が付く。 ・ペルシャ(パーシャ)…イーラーンの他称。トラーンはペルシャと呼ぶ。 本編ですが、いきなり城の攻撃から入ります。もちろんその前日譚がちゃんとあり、ソホラーブはペルシャの英雄で第二部の主人公であるロスタムの子なのですが、とある事情で父を知らず、ペルシャの宿敵トラーンで育てられます。立派な若者に成長したソホラーブを見て、トラーン王は彼ならロスタムを打ち破れるのではないかと考え、また、ロスタムが勝利したとしても実子殺しの汚名を着せられると踏んでソホラーブにペルシャ攻略を命じます。何も知らないソホラーブはトラーン軍を率いて攻め込み、その初陣となったのが本編の白城攻撃です。 本編はソホラーブが白城を落としたところまでですが、この後のことも簡単に書いておきます。ソホラーブとグルダフリッドの間にはいかにもロマンスが展開しそうな引きになっていますが、なにもありません。ソホラーブはさらに駒を進め、ついに父ロスタム率いるペルシャ軍主力と対決します。しかしロスタムはソホラーブが実子とは解らず、ソホラーブもロスタムが最後まで名乗らなかったため、疑念を抱きながらも死の間際まで父親だと確信を持てませんでした。ソホラーブはロスタムに討ち取られて戦死します。 グルダフリッドの名は二度と王書には登場せずじまいで白城での思わせぶりな伏線は回収されず、英雄ロスタムの子ソホラーブの死という悲劇と、ペルシャ軍の勝利という栄光でソホラーブ関連のストーリーは終わります。 Ringlet版では子供向けに編纂されたさ・え・ら書房版を底本として、適宜、岩波版を差し込みました。岩波版は一字一句を省略していない翻訳なのですが、訳にやや首を傾げるような部分が見受けられます。 例えばグルダフリッドの父で白城防衛に当たる老将ガジダヘーム(ガズダハム)について、さ・え・ら書房版では「かれは年とっており、思うようにはたらけませんでしたが」と形容されていますが、岩波版では「(ガズダハムという)武人が生きていたが、これは弱かった。だが弱いくせに傲慢で勇気があった」となっています。弱さと傲慢さ、勇気は必ずしも並び立たないというわけではありませんが、娘が戦える年齢であることを考えると、さ・え・ら書房版の「老齢であった」という訳の方が自然に思えます。 余談ですが、現代のイランで最も人気があるのはこの第二部らしく、ザールの子ロスタムやソホラーブという名前を授かる男性は少なくないようです。また、公衆浴場の壁にロスタムの絵画が描かれていたりします。ロスタムは古代の英雄らしく、並外れた怪力を誇る豪傑とされています。 |
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作者は後でもう一度絡ませるつもりで忘れたんじゃないかな…、と思わずにはいられないグルダフリッドです。本編の描写を見る限り、弓と槍に特に優れていたようです。棗(の唇)、真珠(の歯)、柘榴(の胸)、糸杉(の腰つき)、鹿(の目)などはいずれもイスラーム圏で女性の美しさを例えるときによく使われる言葉で、誰もが思い浮かべるような美人だったのでしょう。(TINA) お話の中に絵になる場面がたくさんあるのでどこを挿絵にしようか迷いました。 選んだのは「トラーンの勇士よ、来た道を戻り、立ち去りなさい」のセリフの部分で、太陽の光を背にして凛々しさがよりいっそう増してみえるような構図にしてみました。(宣教師ゴンドルフ) |
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