フスレウ王子の物語 採集地イラン
「ペルシアのむかし話 "イスマイル王子とアラブ=ゼンギの物語"」より

 リア充爆発しろシリーズ。

 夢の中にあらわれた女性がヒロインではなかった、という珍しいストーリーです。参考資料には出典がなく、調べてみたところ「Persian beliefs and customs.1954 Henri Massé」という本に収録されているようなのですが、2021年7月現在未読なので翻訳にあたって編集者が改訂を施したかどうかは解りません。原版のストーリータイトルは「Prince Ismail And Arab-zengi」(イスマイル王子とアラブ・ザンギー)とありますが、参考にした資料は他の話もかなり簡略化したものになっていますので、おそらくこれも大筋はそのまま、展開はかなり省略したのではないかと推測されます。Ringlet版では元のストーリーよりテキストを増やして物語要素を高めてあります。

 ストーリー要素を分解すると「夢に現れた見知らぬ異性に恋焦がれて旅立ち、紆余曲折の末に結ばれる」典型的なサクセスストーリーに、最初に出会うアラブ=ゼンギという女性が他にないオリジナリティを与えています。Ringlet版ではカットした要素としては、原版では後半部分で王子暗殺に失敗した王様が差し向けた追手の攻撃で失明し、その後、鳥たちが偶然、治癒の葉の話をしているところを聞いて治すというモティーフがあります。これは広く西洋の物語にもよく見られる話で、14話「ジルダ」のような動物(特に鳥)が解決方法をしゃべるものと同じです。

 この物語を唯一無二のものにしているヒロイン(原版タイトルが夢で見た女性ではない点に注意)が名乗った「アラブ=ゼンギ(※ザンギー朝創始者のZengiと同じ綴なので、ザンギーの方が適当でしょうか)」の名前は仮名だと思われます。「アラブ」は女性名としては不適当ですし、盗賊の大将として、わざわざ女性とばれるような名前を名乗ったりはしなかったと思いますので、Ringlet版では盗賊の頭としての名前と真名のふたつを用意しました。彼女は盗賊団を十年(原版では二十年とあるので、何歳なのか気になるところですが…)統率してきた指導力と、王子にも負けない強さ、夢で見た女性を目の前にしても動じない懐の広さ、王様の陰謀を見抜く知性、王子を想い続けて反乱まで起こしてしまう一途さを兼ね備えたすごい女性だと思います。盗賊団が悪逆のかぎりを尽くしていたことは忘れましょう。

 もうひとりのヒロイン、夢で見た女性と最初に出会うのは、彼女が街の外へ狩りに出かける時です。王子と脱出する際や終盤でアラブ=ゼンギと共に反乱を指揮している描写を見ても、彼女も十分に武力系ヒロインといえます。
 Ringlet版では「太守の娘」(※原版では「市長の娘」)としましたが、大都市の太守は地方総督のような地位であり、半独立しているような一大勢力もありました。決して王女より格が落ちる、ということはありません。

 その他、昔話にはよくある適当さ加減なのですが、時間経過が大雑把な部分は適宜修正しています。原版ではアラブ・ゼンギが「二十年山賊の首領をやっていた」と語り、王子は「アラブ・ゼンギと共に数年を楽しく過ごした」とあり、太守の娘を連れ帰って「アラブ・ゼンギと共に一年暮らした」とあり、最後の粉屋では「半年の後に」とあります。

 ダブルヒロインものでどちらもそれなりに見せ場があるのですが、どちらかと言えばサブヒロインが昇格してメインを食べてしまったようなストーリーに見えます。現代ではイスラームの一夫多妻制が珍しい制度として取り上げられますが、中世ではイスラームに限らず、特に権力者は多くの女性を囲っていることが常でした。(TINA)

 今回、「フスレウ王子の物語」の話の挿絵を手掛けさせていただきました。
 普段描きなれない類の衣装なので、自分の絵柄で表現するのに苦慮したりしました。今回は戦闘シーンを描いたのですが、やっぱり楽しいですね。戦闘シーン描くの。馬やら何やら難しいポイントはいくつかありますが、一番苦労したのは実は前半の背景の木だったり。自分たちはいつも見ている木とは違うので、難点が非常に多かったですね。(悠城さん)