| 真鍮の都 | 採集地:千と一夜の書 |
| 「アラビアンナイト "黄銅城の物語"」より | |
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千と一夜の書シリーズ。 おそらく複数の物語をつなぎ合わせたものですが、ストーリーは一貫していてテーマにもブレがない傑作です。また、史実の人物が登場するストーリーでもあり、千と一夜の書のメインであるアッバース朝のハールーン・アッラシード時代のバグダード(8世紀後半)ではなく、それより以前のウマイヤ朝のダマスカスを舞台としている点でも面白い話と言えます。 物語のエッセンスは砂漠の何処かに存在するという伝説の都市「黄銅城(真鍮の都)」と、ソロモン(スライマーン)がジンを封印した壺(※文中では首長瓶のクムクムとされる)を海中に沈めたという伝説です。 ひとつずつ見ていきましょう。まずRinglet版では省略したソロモンの伝説ですが、64話に解説を載せてあります。ソロモンはジンを使役する力を持っていたとされていて、悪さを働いたジンたちを瓶に閉じ込めて反省させたと言われています。これらの瓶は地中海、紅海、あるいは湖などに沈められたと伝えられていて、たびたび漁網に引っかかったり流れ着いたりします。興味を惹かれた人間が開けてみると雲をつくような魔神があらわれ、アッラーフとソロモンに許しを請いながらどこかに行ってしまうというのが大筋で、お礼話とは別系統と言えます。 もうひとつは今回のメインになっている「黄銅城」に纏わる伝説です。これは「北アフリカかアル・アンダルス(イベリア半島)の果てに黄銅で築かれた都市がある」というもので、かなり古くから知られていました。「タリーフ・イブン・ハビーブ(イブン・ハビーブ年代記)」という本(850年頃?)やアブー・ハーミド・アル・ガルナーティー(1080-1169?/奇聞蒐集家)の「アム・ムウリブ」、「トフファト」にもそれらしい記述が見られるようです。ハーミドによれば黄銅城はアレクサンドロス大王が築いたことになっていますが、実際はダビデの子ソロモンが築いたとあります。 また、似た系統にアル・バハトという石で出来た都市の伝説もあり、この石を見つめたものは笑い、気が狂って死んでしまいます。こちらもアンダルスの西の果てやモロッコの砂漠にあると言われていて、両者が混同されていた可能性もあります。 本ストーリーは大きく五つの章に分けることができ、Ringlet版では1.3章だけを採用して大幅にカットしました。ここではあらためて全編のあらすじを載せておきます。 ・第一章「カリフが壺に封印されたジンに興味を持ち、探索隊を派遣する」 冒頭のシーンで原版とほぼ同じですが、原版ではカリフが命じたのは黄銅城の探索ではなく、ジンが封印された壺です。 原版ではこの捜索を指示したのはディマシュク(ダマス)のアブドル・マリク帝(ウマイヤ朝第5代カリフ。646-705)で、ターリブ・ブヌ・サハルという冒険家がカリフの弟であるエジプト太守のアブドル・アジーズ・ブヌ・マルワーンに書をかかせて、ムーサー(アフリカ総督)が管轄する西の国から瓶を持ってこさせればよいと進言しました。案内役はシャイフ(長老)アブド・ウッ・サマド・ブヌ・アブドル・クドゥース・ウッ・サムーディーという白髪の賢者で、ムーサーは子供のハールーンを総督代理に立てて旅立ちます。 ・第二章「煙のような建物」 Ringlet版ではカットした章です。旅立った一行は道に迷ってしまいます。遠くに煙のようなものを認めて行ってみると、山のように巨大な城壁に囲まれた建造物がありました。シナ(中国)鉄製の門があり、眩しく光って目を晦ませ、建物の周りには一千もの階段があり、煙と見えたのは鉛で覆われた円蓋で、その高さは百ディラーア(約58メートル)もありました。 案内役に寄ると、これは黄銅城への道標で、かつてイスカンダル・ドゥル・カルナイン(二本角のアレクサンドロス、アレクサンドロス三世のこと)が日没の国へ赴かれたときに開いた道だと言います。一行が検分のため中に入ると、門の上に古代ギリシア語の刻文があり、第二の門、大理石の墳墓にも碑文があり、それぞれ諸行無常についての詩が刻まれていました。この諸行無常感は黄銅城の物語を通してメインテーマとして扱われおり、折に触れて登場します。 円蓋を頂いた建物は墓所で、シナ鉄の碑にはまたしても諸行無常の詩が彫られています。碑文によれば、この墓はアード大王(古代の伝説的アラブ部族の王)の子シャッダードの子クーシュで、一行は碑文が刻まれた食卓のみを持ち出して、行軍を再開します。 ・第三章「土に埋められたイフリート」 最初の騎士像以外はカットした章です。一行が進んでいくと黄銅の騎士像があり、これを回転させて道を確かめます。さらに進んでいくと、脇の下まで土に埋められた巨大な人間(?)に出会います。ふたつの翼と四本の腕があり、二本は人間で、もう二本は獅子の足ごとく爪があり、頭には馬のようなしっぽが生えていて、目は燃え盛る炭火、額の真ん中には山猫のような第三の目がありました。案内役が恐る恐る身の上を尋ねると、イフリートはアル・アーマシュの子ダーヒシュ(ダナハシュの別綴り?)で、アッラーフによってこの地に監禁、幽閉されているのだと答えます。イフリートはさらにその理由を語りますが、最終的には危険と判断したムーサーがイフリートをそのままにして進むように命じます。 ・第四章「黄銅城の物語」 本ストーリーのメインですが、冒頭にもあるようにカリフが命じたのはジンの壺であり、黄銅城の探索は一行にとってはあくまでもオマケです。この章でもっとも目を引くのは城壁に登った兵士が身を投げて死ぬシーンですが、これは後代のバージョンであり、最初期の記述ではジンたちが黄銅城を守護していてムーサー一行は立ち入ることができず、潜り込んだ兵士たちは気絶した状態で運び出されます。つまり、初期バージョンでは黄銅城の中に入ることはできなかったのです。900年頃の話になると黄銅城には莫大な財宝が眠っていることになり、梯子をつなぎ合わせてなんとか登ろうとする話になります。一万ディルハムの懸賞金を駆けて決死隊を募りますが、彼らは全員高笑いを上げた後に内側に身を投げて死んでしまいます。これを見たムーサーは侵入を諦めて引き返したとあり、このバージョンでも黄銅城には侵入できませんでした。 底本としたカルカッタ2版によると、黄銅城の住民たちはジンではなく普通の人間で、食料調達ができず全員餓死したことになっています。 第五章「黒人の王」 Ringlet版ではカットした章です。黄銅城を後にした一行が海岸沿いを進むと黒人の一団に遭遇します。イスラームを信仰していた黒人の王にムーサーがカリフからの要件を伝えると、王は海中からいくつかのソロモンのクムクムを引き上げよと命じます。こうして王は魚肉で一行をもてなし、十二個のクムクムを渡します。さらに黒人の王はもてなしたのは人魚の肉であり、この魚(人魚)は大変珍しいものなので持ち帰ってはどうかと言います。 かくしてムーサー一行はダマスに戻り、体験したことやターリブの最期を語ります。カリフは自分もこの目で見たかったといい、クムクムを開けてみさせると、話のとおり中からジンが現れてソロモンとアッラーに許しを請いながら飛び回りました。一方、黒人の王から献上された人魚は生簀を作って入れておいたが、まもなく酷暑で死んだとあり、オマケ的な扱いになっています。 この黄銅城の物語はシンドバードの冒険などの超がつくほどではないにしてもメジャーな話で、MTGの「真鍮の都(City of Brass)」など、時々元ネタとして見かけることがあります。また、マグリブ地方に伝わる「百一夜物語」にも採録されているようですが、邦訳者は千と一夜の書からの借用であるためカットしたと書いています。 |
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王道の冒険ものという感じの物語です。女王はパルミュラのゼノビアとおぼしき描写があり、Ringlet版の名前はパルミュラの自称タドモルから、服装は古代ギリシア風にしてもらいました。黄銅城についてはそんなものがあるはずはないと懐疑的な態度を取る知識人もおり、実際にイベリア半島には広い砂漠がないことから13世紀では半信半疑だったのかもしれません。(TINA) 今回は黄銅の都市の話について挿絵を手掛けさせていただきました。主人公ポジのムーサーですが、皇帝の無茶振りを快く引き受けたり、都市の死者たちに弔いの言葉を送ったり、都市の歴史に涙するなど誠実な人柄がでていますね。一方即死するターリブ。デザインに関しては、案内人をかなり暗めの地味な感じで、女王様は頭や首回りを宝石でチャラッチャラに。ヘッドドレス+王冠はどんな感じにしようか悩みましたが、いい塩梅に落ち着いたかと思います。(悠城さん) |
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