枯れない蓮 採集地:インド(カシミール地方)
「カターサリットサーガラ "貞女デーヴァスミターの物語"」より
 原版はブリハットカターのカシミール系伝本であるカターサリットサーガラに挿話として伝えられる話です。(ブリハットカターについては別に触れる予定です)物語の主人公であるナラヴァーハナダッタ王子の父ウダヤナが母となるヴァーサヴァダッターと駆け落ちした際、彼の家臣であるヴァサンタカが語った話という形を取っています。

 Ringlet版の第54話「魔法の下着」は本話の欧州版であり、非常によく似たストーリーを展開します。
 夫の職業や旅立つシチュエーション、マジックアイテムは異なりますが物語の大枠はほとんど同じで、比較検討する価値があります。
 物語の枠組みを見てみると、下記のようになります。

 1.愛する夫婦がなんらかの事情で離れて暮らすことになり、その間の貞操を心配します。
 2.浮気をした際に反応するマジックアイテムを持って出かけます。
 3.夫側に悪巧みをするものが現れ、マジックアイテムの特性を聞き出します。
 4.悪者たちは妻を誘惑して夫に恥をかかせようとしますが、返り討ちにあって恥をかかされます。

 マジックアイテムは欧州版では「シャツ」、インド版では「蓮の花」で、どちらも貞操を損なわない限り綺麗なままという特性を持っています。
 そんなマジックアイテムを不思議に思うのは夫側の人間で、彼らはどうにかして秘密を聞き出し、妻をそそのかせようと努力しますが返り討ちにあいます。ここで称賛されるのは妻の知恵であり、夫はなにも知らないまま物語が進行していく点も共通しています。

 この2つの話がどのように成立したのか、インド版のカターサリットサーガラ収録の本話(1083年より前)をA、ゲスタ・ローマノールム収録の下着の話(1342年より前)をBとすると、以下の4つの可能性が考えられます。

1.Aが先にあり、ヨーロッパに伝播してBが成立した。
2.Bが先にあり、インドに伝播してAが成立した。
3.A、Bはまったく無関係で、偶然同じようなストーリーが別々に成立した。
4.Cという更に古い物語があり、それがインドとヨーロッパに伝わる過程でそれぞれAとBに変化した。

 資料的裏付けによらない推測では、順当に説1の可能性が最も高そうに見えます。
 インドから中東、ヨーロッパへの明らかな物語の伝播としてパンチャタントラ(インド)→カリーラとディムナ(アラビア)→ヨーロッパ流入(11.12世紀?)の一例を挙げることが出来ます。中東からヨーロッパへの大きな文化の伝播として十字軍(1096年以降)とそれにともなうエルサレムへの聖地巡礼熱は無視できない存在であり、この話もこのあたりでヨーロッパへ伝わったのではないでしょうか。
結婚するまでの流れは序盤でさらりと触れられているだけですが、なかなか情熱的な駆け落ちなんですよね。お互いの貞操を心配する程度に嫉妬心もあったり、結構似た者夫婦なのではないかと思います。(TINA)

背景用に資料をいくつかいただきましたが、インドのお家の、中庭のような開放的な造りが印象的でした。(宣教師ゴンドルフ)