女たちの矜持 採集地:千と一夜の書
「千と一夜の書 "ヤマンのそれがしと六人の女奴隷の物語"あるいは"カリフ、アル・ムーマーンの御前でバスラのムハンマドの物語った六人の女奴隷の品定めの話"」より
 千と一夜の書シリーズ。

 原版ではカリフのアル・マームーン(アッバース朝第七代カリフ。ハールーン・アッラシードの長子)に請われてバスラのムハンマド(ムハンマド・ウル・バスリー)が語ったとされる話で、六人の美しい女奴隷を持っていたヤマン(イエメンの古称)のさる名士が奴隷のひとりから「自分たちの優劣を決めて欲しい」と請われ、それぞれに「自らの美しさと相手の醜さを知恵とユーモアを交えて語るように」と言って比較したと言う筋の物語です。

 六人の女奴隷たちは「一番目の女は色が白く(白人)、二番目はとび色(褐色人)であり、三番目はぽってりと肉付きよく、四番目はほっそり痩せており、五番目は黄色(黄色人)で、六番目は黒い色(黒人)をしていた」とあり、それぞれ異なった美を備えていました。

 Ringlet版では宗教的要素や良い子向けではないと思われるセックスアピールをカットしました。そのせいで各人の持ち時間がだいぶ変わってしまいましたが、あとがきには載せておきます。また、スピーチの際にはクルアーンやハディース、歴史や古詩に根拠を求め、教養や措辞の殊勝さも評価ポイントにするとしていて、実際に詩が多い話でもあります。やはりRinglet版ではカットしましたが、物語前半では奴隷たちが自己紹介としてウードを弾きながら歌った主人を慕う詩も載せられています。

 原版では登場人物は渾名で以下のように呼ばれています。(英語名はバートン版より。これに従えばむっちり女性は「満月」となる)

白人女性…ワジュフ・ル・ヒラール(new moon face/新月の面輪)
黒人女性…サワード・ル・アイン(pupil of the eye/黒い瞳)
黄色人女性…シャムス・ウン・ナハール(sun of the day/白日の太陽)
褐色女性…ヌール・ル・ミクバース(brasier-light/篝火の光)
むっちり女性…ティーパト・ル・アンファース(full moon/心の悦び)
スレンダー女性…フール・ッ・ジャナーン(Houri of Paradise/天津乙女、または天国の美女)

 以下にRinglet版ではカットされたクルアーンに依る部分と誹謗中傷のいくつかを載せておきます。

・白人女性→黒人女性

 冒頭でいきなり「なんて、まあ、いやらしい、この黒んぼが!」と叫びます。
 続いて白人は天国に行くが黒人は地獄に堕ちるという詩を例にあげ、歴史ではノアの子供のハムとセムの話を持ち出し、セムの顔は白くなり正統カリフや帝王の血となったがハムの顔は黒くなりハバシャの国(アビシニア)へ追われ、黒人になったとします。さらに黒人はみな知識が乏しいことが一般常識であり「賢い黒んぼは、どこにいる?」と言われていると畳み掛けました。

・黒人女性→白人女性

 黒人女性も負けていません。「頭に白いもの(白髪)が降ってくると死の刻が近づいている」「経帷子(イスラームの死装束)は白」と言い返し、死と白を結びつけます。また恋人たちの逢瀬には闇夜の黒が最適であり、朝の白みは彼らを別れさせる、空気の読めない存在であるとも続けます。さらに白はらい病患者の色で、抱かれた相手まで死に至らしめ、地獄の氷の風景色だともしています。

・むっちり女性→スレンダー女性

 次は体型別のペアで、肉は油の乗ったものが上等(わざわざ痩せた肉を買うものはいない、という意味)であり、スレンダーな体型は雀のスネか竈の火かき棒のようで、十字架の形をした薪ざっぽうか、見切り品の肉のようで、男性の気を引くものは毛ほどもないと言います。

・スレンダー女性→むっちり女性

 スレンダー女性は恋人を褒める際に「象のような図体」とか「山みたいに幅もあれば長さもある」などとは言わない、と鋭いカウンターで応じます。
 続いてむっちりとした体型の女性は大食いであり食べ方に品がなく底なしで、歩けばふうふう喘ぎ、ただ眠ることと食べること以外に能がないと攻め、セックスの時には相手が抱こうとしても胴体が大きすぎてどうしようもないし、あまりにも太腿が肥え過ぎていて女性器までの道筋が見つからない、デブの中に可愛らしさがあるとでも? と続けます。
 また、自分で身体を洗えなかったり自己管理ができない自堕落な性格に違いないと、痛いところを抉ってきます。

・黄色人女性→褐色女性

 褐色は嫌われ者の色で、水牛や蝿の色であり、食物中にあれば有毒物(おそらく腐敗色を指している)であり、犬の毛の場合は醜さのしるしで、真白や間黒のようにはっきりとしないどっちつかずの曖昧な色であり、悲しみの色だと言います。
 また、褐色の金や真珠や宝石は無いとも続けます。

・褐色女性→黄色人女性

 これに対して褐色女性はまず黄色は黄疸患者(バラス)の色だと言い、屠殺場の釜、銅器の錆、ザックーム(イスラームの地獄に生えているという木の実)入の食物と、黄色を錆や気鬱と結びつけます。ただ、このペアは作者が飽きてしまったのかネタが尽きたのか最初に比べるとかなり短めになっています。

 物語全体を俯瞰した場合、中世の中東は人種の坩堝的な位置にあったといえます。
 非常に乱暴な話ですが、中東はヨーロッパの人々にもアフリカの人々にもアジアの人々にも接するチャンスがあったために生まれた話とも言えるでしょう。ちなみに、物語における中東の美女の定義は大抵の場合「大きな胸とほっそりした腰つき、重そうな尻」と書かれており、肌の色に触れられることはあまりありません。

 原版では話を聞いたカリフがこの六人を買い入れますが、しばらくして手放したことを後悔した主人が涙ながらに掛け合い、カリフは六万ディーナールという莫大な財貨と共に女性たちを送り返したという、千と一夜の書でありがちなパターンで終わっています。もうちょっと捻れなかったものか。

 最後になりますが、下敷きとした前嶋版では原語であるアラビア語で韻を踏んだ文章であることを強調するため、スピーチにアラビア語のルビを入れています。Ringlet版でもこれを踏襲しました。
 今回挿絵を手掛けさせていただきました、悠城さんです。
 6人の美女がアピールしまくる話です。「6人か…まぁ描けるやろ」と思ってましたが、コロナとかコロナとかコロナのせいでかなり時間がかかりました。皆さんも罹患には注意しましょう。(悠城さん)
 中東編の最後を飾る物語で、登場人物がちょうど6人だったので全キャラ描いてもらいました。大変だったと思います、ありがとね。(TINA)