未だ知らぬものを持ち帰れ 採集地:ロシア
「ロシアの民話 "前代未聞のものを持ち帰れ"および"賢明な妻"」より
「ロシアの民話 "前人未到の地に出かけ、前代未聞のものを持ち帰れ"」より
 リア充大爆発しろシリーズ。

 「ロシアの民話」中最長の物語で、夫が賢い妻のおかげで最終的には国を手に入れるという典型的サクセスストーリーですが、長編故に多彩なバリエーションが知られています。また、ロシア民話を語る上で不可欠なエッセンスのほとんどが本ストーリーに登場します。

 以下にロシア民話に欠かせない要素をまとめておきます。

・話はどんどん進んでいくが、実際にはなかなか大変な旅だった。…時間の経過を表現する成句。次項の魔女の小屋へたどり着くことが多い。
・「小屋よ小屋! 森の方に背を向けて、私の方に表を向けよ!」…魔女の小屋へ入る時の成句。
・バーバ・ヤガー(Baba Yaga)…ロシア民話の魔女。骨と皮ばかりの老人で、ひき臼に乗って移動するとされる。悪者として登場することが多いが、協力的なこともある。

 Ringlet版は民俗民芸双書(岩崎美術社)「ロシアの民話」に収録されている「前代未聞のものを持ち帰れ」を底版として、様々な類話からエッセンスを取り入れて編集しました。そのため、もともと長い原版よりさらに長いストーリーになっています。

 中身に目を向けてみると、現代の感性では冒頭から色々と無理があるストーリーが展開されます。それらをふまえ、Ringlet版では適宜変更を行っています。主な変更点を以下に挙げておきます。

 ・主人公の射手は原版では凡夫ですが、Ringlet版では妻には目端の利く、責任感の強いキャラに変更しています。
 ・大臣に入れ知恵する側のバーバ・ヤガーは原版では彼に入れ知恵するだけですが、Ringlet版では王国と運命を共にするように変更しています。(彼女は妻に敵対心、あるいは恨みがあった節があるので)
 ・冒険の期間や内容にロシア民話的要素を加えました。底版では冒険はふたつだけ(黄金の角を持った鹿と前代未聞のもの)ですが、Rule of Threeにのっとって「子守唄を歌う猫」(※1)を足しています。また、ロシア民話では「長い間」を表すのに三十三年、「多くのもの」を表すのに七十七といったゾロ目の表現を使うことが多いので、この表現も盛り込みました。

※1…これは別のロシア民話で同じく無理難題として求められるもので、他には「ひとりでに鳴る竪琴(グースリ)」というものもあります。

 「卵や木の実や箱の中にありえない大きさのものを閉じこめる」ということはFairytaleではよくある展開ですが、交換した宝物で、あげた宝物を取り返す(というか、奪って来る)というパターンも同じくポピュラーなものと言えます。例を挙げておくと、「ペルシアのむかし話(偕成社文庫)」の「魔法の指輪」でも、主人公は水パイプの底と魔法の指輪を交換した後、指輪から呼び出した男に水パイプを奪い返してくるよう命じるシーンがあります。

 以下には類話と本編との相違点を箇条書きで挙げておきます。採録されているだけでもこれだけのヴァリエーションがあるところを見ると、実際に伝わっている類話は膨大な数になるのではないかと思われます。

 ・ヒロインは雉鳩ではなく鴨というパターンがある。
 ・黄金の角を持った鹿ではなく、黄金のたてがみを持ち、十二頭の子馬を連れた雌馬というパターンがある。
 ・目に見えない召使の名前としてウルザ・ムルザ、またはグブレイという異文。
 ・三つの宝は、煙草入れ、斧、針入れだったとう異文。
 ・王様が出す難題のひとつが「ひとりでになるグースリ」という異文。
 ・旅の目的が妻の実家で終わるパターン(「懸命な妻」という類話)がある。妻の実家には兄の「大食らいのヴォルク」という人くらい大男がいて、これが召使の代わりに王様を打ち倒す。以下は妻が持たせた布で身内と解った際のセリフ。

「もっと早く言ってくれればよかったのに! お前さんの女房は、わしの妹じゃないか……。いや、ちっとも知らなかった。すんでのところでお前さんをひとのみにするところだったぞ」

 ・同じく「懸命な妻」では王様がもっとストレートに欲望を口にする。以下は「ひとりでになるグースリ」を持ち帰った主人公をどうすべきか、家臣たちに尋ねたセリフ。

「実に素晴らしい名器だ。だが、そんなものに意味は無い! わしにとっては、あいつの妻がこの世で何にもまして、欲しくてならないものだ! お前(貴族)たち、わしとしては、今の今、どうすればよいか、考えを貸しておくれ!」

 最後に「未だ知らぬものを持ち帰れ」には登場しないものの、ロシア民話を語る上で欠かすことの出来ない登場人物「コシチェイ老人」について描いておきます(Ringlet版には収録されないので)。
 コシチェイ老人はその身体に魂(心臓)を持たず、どんなに傷を受けても死なない不死身の老人なのですが、最後には主人公に心臓の場所を暴かれて殺されてしまいます。魂(心臓)の隠し場所はストーリーによってまちまちですが、共通しているのは何重にも封印してあるという点です。(地中に埋められた箱の中のうさぎの中にいるアヒルの中の卵の中にあり、箱を掘り出して開けるとうさぎが逃げ出し、うさぎを捕まえると中からアヒルが飛び出し…といった具合です)
 作者は大長編ドラえもんが初見だった気がしますが、藤子不二雄さんはどこかでこの話を知っていたのかもしれません。

 挿絵ではファンタジーのヒロイン2人に妖精役を、母親は母親である奈緒にやってもらいました。

 作中では特に言及がありませんが、明らかに魔女や妖精の類のエルセ。一口に言ってもロシアといっても広大ですが、今回は西方ロシア衣装にしてもらいました。寒い地域なので防寒とファッションを高いレベルで両立させています。「言葉ではとても言い表せない麗人」というのは難しいですが、どの物語でもだいたいヒロインは可愛いか綺麗かですよね。収録予定の物語では最長クラスなので、色々と大変だった記憶があります。(TINA)