「くくく、これがなければお前は魔法少女に変身出来ないらしいな」

 夕暮れに染まる校庭の片隅。
 スーツ姿の長身男性が、奇妙な動物を連れた少女と対峙している。

「あかん、完全に洗脳されとるで」

「そんな……先生、目を覚まして! いつもの優しい先生に戻ってよ!」

 険しい顔で男性を睨みつける小動物の隣で、制服姿の少女は目尻に涙をためて叫ぶ。
 かすかな恋心を寄せていた教師は敵の魔手に落ち、いまや最大の敵として立ちふさがっていた。



「つづく……だって」

「いい引きだ」

 胡座の中にすっぽりと収まっていたエルセがこちらを見上げる。
 その両手には、女の子なら誰でも一度は読んだことがあるだろう少女漫画誌がしっかりと握られていた。

「オレたち……つか、かれんたちが読み始めた頃のって、もっと分厚かった気がするんだよな」


 エルセから本を取ると、あらためて表紙に目をやる。

『寒くてもしっかりオシャレしたい! ウィンターコスメグッズ!』

 お洒落関係の付録が付いてくるのは昔からだけど、グラビアページはなかった気がする。

「あいおねーちゃん、いつもかってるよね」

「もう十年……は言い過ぎか。五歳だもんな」

 それでも七、八年は間違いないと思う。
 最初はかれんが読んでいて、それから愛ちゃんも欠かさず買うようになったんだよな。
 かく言うオレも小さな頃から一緒になって読んでいたから、今でも少女漫画には全然抵抗がない。
 むしろ、少年漫画とはまったく違う漫画ばかりで新鮮な気さえする。

「おにーちゃんはどれがいちばんすき?」

 今度はエルセが本をとって、最後の目次ページを開く。

「今やってる中でか?」

「うん」

「そうだな……」

 巻頭カラーから順に目で追ってみる。
 少女漫画も少年漫画と同じようにお約束がある。
 少年漫画なら王道の格闘冒険モノが中心に据えられ、それにギャグ枠、スポーツ枠、お色気枠が周りを固めている。
 一方、少女漫画の看板はもちろん恋愛モノなのだが、脇を固めるのはギャグ枠、動物やショート枠、そして、なぜかホラー・ミステリー枠が用意されている。

「オレ、少女漫画にひとつは載ってるホラー系の結構好きなんだよな」

 いわゆる学校の七不思議とか、都市伝説の類だ。

「じゃあ、『しゅうまつレイトショウ』?」

「つっても、毎回読み切りだからな。今月のはあんまし怖くなかったし」

 今回のエレベーターの話はいまいちだった。

「『そらいろスターライト』も王道でいいよな」

「うん、エルセもすきっ」

 うんうんと深くうなずくエルセ。
 こちらは中学生で突然アイドルデビューを果たすことになった、最近流行のアイドルモノだ。

「そらスタか……あ、『まジかル!』忘れてた」

 これは、さっきまで読んでいた魔法少女バトルモノだ。
 少女漫画では珍しい枠かもしれない。

「エルセは『まジかル!』と『ミミカレ』がすきだよ」

「オレは『ミミカレ』はいまいちだな……」

 これはペットだった大型犬が人間になって主人公の前に現れる……という変化球恋愛モノだ。

「オンリーワンって言われたら、やっぱそらスタかな」

 実際に人気もあるらしく、いつも前の方に掲載されている。
 ラジオドラマなどメディアミックス展開も始まったから、これからもっと人気がでるだろう。

「エルセは『まジかル!』かも」

「『まジかル!』はこれからに期待って感じだ」

 まだ十話かそこらだし。
 けれど、エルセが言うように、面白くなりそうな匂いはある。

「魔法少女って、エルセから見たらどんなもんなんだ?」

 愛ちゃんは憧れだと言い、かれんは大変そうだと言っていた。
 オレは男子が一度は夢見る勇者の少女漫画版みたいな位置づけだと思う。

「ん~……」

 少し考えてから、

「ホントにあったらいいなって」

 夢想世界の産物だと解っている、という顔でエルセは答える。

「そ、そういう感じか」

 予想外の大人な解答に、若干同様を覚える。
 もっとも、エルセある意味では魔法少女みたいなものだと思うんだけどな。

「でも、リボンの色で能力が変わるのは面白いよな」

 平たく言えば、リボンが変身アイテムだ。
 主人公のれいかは髪に結んだリボンの色に応じた魔法を使うことが出来るってわけだ。

「リボンだけなら、エルセもできるよ」

 そう言ってエルセが髪を一房手にすると、たちまち薄いスカイブルーのリボンが現れてちょうちょ結びが出来る。
 こういうところなんか、魔法少女そのものだ。

「青は水の力だっけか」

「かわでおぼえれてたこをたすけたんだよね」

 こちらを振り返り、リボンの端に手を当ててエルセが笑う。

「赤と緑と……あと何があったっけ」

 赤は火、緑は植物に働きかける力だった。

「むらさきはどうぶつさんをよぶちからだったよ」

「そういや前々回ぐらいにあったな、それ」

 ひとつひとつを思い出しながら、エルセが髪を束ねるリボンの色を変えていく。

「きいろは……なんだろう?」

「黄色、黄色……。目玉焼きとか……?」

 信号は能力にはならなそうだし。
 日常生活で黄色のものと言われると、なかなか出てこない。

「おりょうりがじょうずにできるリボン」

「それだ」

「ピンクは?」

 今度は目にも鮮やかなストロベリーピンク色に変わる。

「ピンクは……ゲームだとチャームのイメージがあるけどな」

「チャーム?」

「あー……、マインドコントロールってか、人を言いなりにするような力だ」

 わりと危険な力だと思う。

「最後は虹色で何でも出来るとか出てきそうだよな」

「こんなかんじ?」

 エルセが手を当てると、七色のストライプ柄に変化する。

「んな感じだけど……あんまし可愛くねえな」

 もともと彩度の低いエルセの金髪に七色はどぎつい。
 もっとも、たとえ黒髪だったとしても合わないとは思うけど。


「ピンクかブルーが似合ってたな」

「じゃあ、きょうはピンクのきぶんっ」

 そう言うと、エルセの長い両サイドに、たちまちストロベリーピンクのリボンが結び付けられる。

「お、パワーも可愛さも二倍って感じだ」

 心なしか幼く見えるようにもなったけど、それは言わないでおこう。

「ピンクはチャームのリボンなんだよね」

 エルセは不敵に口元を釣り上げると、


「つづきをよむよ、おにーちゃんっ」

 手のひらをばっと広げて言った。

「ははーっ、エルセ様」

 オレたちは時間をかけて今月号のリボンを楽しんだ。