「手紙が来てたから、机の上に置いといたわよ」 「はーいっ!」 昨日作ったお菓子のあまりをオーブンで温め、砂糖控えめの紅茶といっしょに載せたトレイを持って部屋に戻る。 「はーっ、今週も大変だったなー」 鞄を下ろすと、ベッドに倒れ込んでぐっと腕を伸ばす。 本当は制服がシワになってしまうから着替えなければいけないのだが、明日は週末で天気も良かった。 一週間はあっという間だ。 学校に行って、授業を受けて、お弁当を食べて。 部活に混ぜてもらって、帰ってお菓子作りをして、宿題をやっつけて。 風呂につかって目を閉じたら、もう次の日だ。 「手紙、手紙っておねえちゃんからかな? そろそろ返事が来てもいい頃だよね」 一念発起してベッドの魔手から逃れ、机に向かう。 そこには黒猫をあしらった上質の封書が、存在感たっぷりに愛の帰りを待っていた。 「やっぱり、おねえちゃんからだっ」 流れるようになめらかな筆記体に、赤で大きく「Air Mail」と注意書きされた表面。 間違えるはずもない、久紀からの手紙だった。 「大事に開けないといけないよね……」 左端を鋏で慎重に切ると、中から数枚の便箋とお土産、それから一枚の写真が出てきた。 「わ、写真付きだ!」 もう何回も手紙のやり取りをしているが、写真が入っていたのは初めてだ。 たった一枚の写真とは言え、遠い遠い異国の風景は新鮮に映る。 そのスナップは、久紀が女性とどこかの川沿いを歩いているものだった。 「おねえちゃんのお友達かな? 背が高くて素敵ー!」 久紀の隣に立っているのは同年代と思しき金髪の女性で、頭ひとつ大きい。 久紀も日本人女性としては決して小柄ではないが、明らかな体格差があった。 「これはシール……じゃなくて、マスキングテープだ」 いつも小さくて気の利いたお土産を手紙に同封してくれる。 前はポストカードだったが、今回は森林をモチーフにしたシックな柄のマスキングテープだった。 それから、地元の商店で配られるチラシが数枚。 書かれている文字を読むのに苦労するが、愛は見慣れない異国のチラシを眺めるのが大好きだった。 「これ、電気屋さんのチラシだ。テレビに掃除機にゲーム機って、どこも変わらないなあ」 文字ばかりのものもある。 これは、あとで辞書を片手に解読しよう。 一枚一枚丁寧に伸ばしてシワを取ると、分厚い辞書の間に挟んで伸ばしておく。 それから、いよいよ本命の便箋束を手に取ると、ごろりとベッドに仰向けになった。 ―――ボンジュール、ボンソワールかもしれないわね。とにかく、お手紙ありがとう。なかなかお返事が書けなけくてごめんなさい。相変わらず、私はレポートと研究、それから語学勉強の毎日です。もう、自分でももうちょっと要領いいと思ってたのに、全然時間が足りなくて困っちゃう。 「おねえちゃんは要領いいと思うけどなー」 文面に相槌を打ちながら、どんどん読み進める。 ―――今回、新レシピはないの。もう少ししたらイレーヌさんに冬料理を訊いてみるわね。その代わり、チラシをたくさん入れておくわ。家電屋さん、ケバブ屋さん、薬局、携帯電話屋、本屋さんあたりかしら。こっちではあんまりチラシをもらわないのよね。ティッシュ配りなんて一度も見たことないもの。もしかしたら、日本独自の文化かもしれないわ。 「へー、ティッシュ配りって外国にはないんだね」 ふんふんとうなずいて、便箋をめくる。 ―――お土産のマスキングテープはチラシの本屋さんで買ったものよ。なんとなく、一目惚れして買っちゃった。遊び心のあるデザインでステキよね。それから、とってもよく撮れた写真があったから入れておきました。 「あはは。あの写真、そんなによく撮れてたんだ」 あらためて、便箋と一緒に持ってきた写真に目を向ける。 よく見ると、久紀も友人も満面の笑みでピースサインを決めていて、かなりハイテンションらしかった。 その背後には大きな川が流れていて、そろそろ落葉しそうな茶色の葉をつけた木が規則正しく植えられているようだった。 ―――いっしょに映ってるのは同じ研究室のアンナちゃん。とってもお洒落でアクティブな子なの。この場所はアベンナからちょっと上流、ヴェールーメっていうところよ。お休みの日に、三人でウォーキングに行ったの。あ、この写真を撮ってくれたのは、前にも話したマリオンちゃんね。 「アンナさんとかマリオンさんとか、ホントにゲームに出てくるみたいな名前だよね。足も長くってかっこいいなー」 足をばたつかせながら、再び写真に目をやる。 名前もさることながら、足の長さを強調するようなスタイルと金色のウェーブヘアにどうしても目を奪われてしまう。 ―――さて、ここで問題です。この写真、実は後でアンナちゃんに話を聞いてからとっても感動したから入れてみたの。さて、私は何に感動したのでしょう? 答えは次の便箋よ。 「え、えぇー……。どこだろう……?」 突然のクイズに、愛の目が大きくなる。 ぱっと見た感じは何の変哲もないスナップだ。 久紀はいつもどおりの黒い薄手のコート姿だし、ふたりの他には遠くにかかる橋と、向こう岸に小さく見える町並ぐらいしか映っていない。 よく目を凝らしてみても、背後に幽霊やUFOが写り込んでいるというふうでもなかった。 「うーーーーん。おねえちゃんが感動したっていうんだから、きっとすごいことなんだよね。でも、そんなにすごいものが写ってるのかなあ……」 眉をハの字に曲げて愛が唸る。 「むー、降参! 解答編、いってみよー!」 小さく拳を突き上げて、次の便箋へ進む。 ―――さてさて、解ったかしら? 当たり前過ぎて解らなかったかもしれないわね。正解は私たちの後ろの並木、これ全部桜の木で、しかも、何十年も前に日本から植樹されたソメイヨシノなんですって! 春になると河岸いっぱいに花が咲いて、とっても綺麗なんだって。地元の人もみんなでピクニックに来るそうよ。来年の春、私もお花見ができちゃいそう。 「どこかで見たことある木だなーって思ったんだけどなー……。そっかー、よく見たら、桜の木だよね」 ごつごつとした凹凸感ある幹や和菓子で見慣れた葉の形は、たしかに桜の木だ。 ―――日本から何千キロも離れた場所で桜を見られるなんて、想像もしてなかったわ。それに、アベンナの人たちにも好かれていると聞いて、とっても嬉しかったの。きっと、桜の花をキレイだと感じるのは万国共通の気持ちなのね。 「そうだよね。おねえちゃんが感動した気持ち、愛も解るなー」 ―――もうひとつサプライズね。マスキングテープ、実はその桜がモチーフなの。テープを伸ばしていくと花が咲いて葉桜になって紅葉になって、枯れてまた花が咲くように戻ってくるの。本当に、ここの人たちは桜が大好きなのね。 「え、すごいっ」 思わず跳ね起きて、テープを少しだけ引っ張ってみる。 枯れ木が三、四本続いたかと思うと、ぱっと花をつけた木に変わり、続いて瑞々しい葉桜が現れる。 「おねえちゃん、お手紙書くの達人すぎるよ……」 二段じかけのサプライズに、愛はぽかんと口を開けるしかなかった。 ―――今回はこのくらいにしておくわね。ネットもメールも便利だけど、手を動かす手紙は格別の楽しみね。それじゃあ、寒くなってきたから風邪をひかないように。またね、お返事、楽しみに待ってるわ。 久紀 「はー……、さすが久紀おねえちゃん。これは愛も負けてられないかなー!」 にんまり顔で便箋をまとめると、すぐに返事を書こうと決意する愛だった。 |