++かれんの日課シェスタ++

 五月六日(木)。

 連休明け。
 何事もなかったかのように、午後まで授業があるのは辛い。
 朝起きるのも気だるければ、こうして帰宅するのも面倒に感じられる。
 ここ数日続いた初夏の日差しは影を潜め、今日は春のような柔らかい光が降り注いでいた。
 もう五分も歩けば家だというのに、このまま歩きながら夢の世界へ落ちられそうな気すらしてくる。
「ん〜……」
 隣で、聞くからに眠そうな声を上げて瞼をごしごしとこする、ジーンズ姿の女の子。
「あんだけ寝てたのに、まだ眠いのか?」
 三時間目からずっと机に伏せていたのをオレは知ってる。
「ん、春だからね」
「季節は関係ないだろ、季節は」
「そかな」
「そうだ」
 普通なら大型連休明けの月曜日だから、という明瞭な解答が浮かぶ。
 しかし、今回に限ってその答えは大間違いだ。
 カレン クリーヴランド。
 最高級シルクのような透明感にあふれた桜色の髪に、深い瑠璃色の瞳は一見して異人と解る。
 その一方で、買い食い好きの勉強嫌い。
 一番元気なのは昼休みで、無類の昼寝好き。
 人間は世界中どこで生まれてもあまり変わらないらしい。
 もっとも、かれんをそういう尺度で測ること自体間違っている気はする。
「昨日、夜遅くまで起きてたって訳でもないんだろ?」
「ん、そゆうのじゃないんだけど」
 起きてたかも、とかれんは言った。
「わたし、昨日までお祖父さんの家に居たんだよ」
「ああ……」
 そういえば、連休中ずっといなかったっけ。
 おじさんもおばさんも向こうの生まれだから、かれんが“帰郷する”時は海外だ。
「そんじゃ、時差ボケか?」
「ん、どうなんだろうね」
「かれんじゃ計れねえよな」
 一年中いつでも眠たそうにしてるかれんだ。
 それが時差から来てるかなんて、本人にだって解らないに違いない。
「どっちにしろ、帰ったら昼寝はするんだろ」
「ん〜……」
 今日はどうしよう、という感じでかれんが指を口にあてる。
「悩むようなことか……。でも、春休みに帰ったばっかだろ。また仕事か?」
「ん、半分半分だったみたい」
「それならこっちに残ってりゃ良かったのによ」
「せっかくだったし、ね」
「そりゃ、そうか」
 海外未経験のオレからすれば羨ましい限りの話だけど、かれんに言わせるとそうでもないらしい。
 今日のかれんをみてると、なんとなく理解出来た。
「時差って向こうとどれくらいあるんだ?」
「一、二……。八時間くらい、かな。むこうを夜出るとまた夜、みたいな感じ」
「よく解らねえけど……、変な感じなんだろうな」
「今度、一緒に行こっか?」
「旅行費出してくれるなら」
「ん、おーけー」
 かれんが微笑んで目を伏せる。
 こういう顔でかれんが言うときは本気だ。
 いつか、本当に連れて行かれそうで怖い。
「やっぱ金は出すから、通訳は任せた」
「ん、それでもいいよ。あ……、そうだ」
 忘れてた、という風にかれんは指を立てて、
「おみやげ、取りに来て」
 と家を指した。
「なんだか、いつもわりいな」
「ん、そんなことないよ」


 煉瓦風の壁に思わず足を止めてしまうほどに整備された庭。
 表札に書かれたClevelandの装飾文字。
 いかにも洋風な、かれんの家。
 小さな時から何千回も訪ねているだけあって、第二の我が家のような感覚だ。
「ちょっと、まっててね」
「ああ」
 オレを玄関で待たせて廊下の向こうにかれんが消える。
 すでに用意してあったのか、かれんは白い袋を片手にすぐ戻ってきた。
「中に入ってる小さい袋、お母さんが、奈緒(なお)おばさんにって」
「母さんに言っておく」
 大きさの割に軽い袋を受け取って、中をのぞき込む。
「ひやすと、もっとおいしく食べられるよ」
「冷蔵庫につっこんどくわ」
「ん」
「おばさんとおじさんによろしくな」
「うん。それじゃあね。また、明日」
「ああ。そんじゃ、おやすみ」
「ん、おやすみ」
 くすくす笑いながら、かれんが小さく手を振る。
「ふぁ……」
 門を出ると、急に明るくなったからか自然と欠伸が漏れた。
 かれんの眠気が感染ったかな。
 オレも、たまには午睡シェスタと洒落こむことにしよう。